星をめざして

たぶんね キミは本当は パーフェクトなスター

星をめざして。

 

2014年1月8日、わたしは流星くんに堕ちました。あの2014年1月1日から7日後のことでした。

 

ジャニーズWESTの初のドーム公演、『24から感謝を届けます』を観たら、自分のなかで変わったことがあったから、2014年2月5日までと、2016年12月24、25日の自分の話をします。いつか振り返ったときのための備忘録みたいなものです。

 

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2008年4月、ドラマ『ごくせん』の第3シリーズで照史くんと淳太くんの存在を知りました。クラといっちー。懐かしいね。リアルタイムで見てたよ。このときB.A.D.と関西ジャニーズJr.の存在も知りました。でも、そこで深く入り込んだりはしませんでした。

 

2010年10月、照史くんが出演するからという理由でドラマ『流れ星』を見ました。ごくせん以降、照史くんのことを意識してなかったのに(ごめんね)、不思議な理由だなぁと思います。涼太が亡くなってしまう回、めちゃくちゃ泣いたよ。これまた懐かしいね。

 

2011年、なにかの動画を漁っていたとき、偶然BBVのBIG GAMEにたどり着きました。このひとたちヤバイって思いました(語彙力)。BOYSと、Veteranを知りました。はまだくんはこのときが初めましてでした。イントロで衣装のフードをかぶって歩くはまだくん、しぬほどかっこよくて。でも、意味わからないけれど、ここでもわたしは彼らに深く入り込みませんでした。

 

2012年、照史くんがドラマ『鍵のかかった部屋』にゲスト出演しました。当時はあらしさん一筋だったから、もちろん見てたよ。あ!照史くん!っていう親戚のお兄ちゃんにひさしぶりに会ったような気持ちになりました(伝わらない)。

 

2013年1月、ドラマ『信長のシェフ』で永瀬廉くんに出逢いました。初めましてでした。なにわ皇子もKin Kanもこのときが初めましてでした。れんくん、芋っこいお顔をしてるなぁ〜って思っていたら関西ジャニーズJr.で、照史くんたちとおなじだ!となりました。この年の7月頃、今度は大西流星くんがVS嵐に出演しました。なにわ皇子のちびっこかわいい子!でもハマると思っていなかったから、流星ちゃんのところをカットしてダビングしたのは後悔してるよ。。

 

そして、やっと。ほんとうにやっと。2013年9月14日(だったはず)のオーソレを偶然見ていて、しげおかさんに出逢いました。クイズをしてるとき勢い余って椅子からおっこちてたね(かわいい)。そのときの、初めてみたしげおかさんの笑顔に惹かれて「重岡大毅」と検索したのが懐かしいです。

 

この日が初めましてだったね、7WESTちゃん。逆に今までよく出逢わなかったなぁと思います。神山くん、流星くん、のぞむくんもこのときが初めましてでした。神山くんは"人をころしたことありそうだなぁ"っていう第一印象だったし(ほんとにごめんね)(初めて明かした)、流星くんも"あっこのひと苦手"っていう第一印象でした。それでも、しげおかさんの笑顔にがっつりこころを掴まれたわたしは、やっと関西ジャニーズJr.に興味を持ちました。ここまで長かったね。(そしてたくさんの別れがあったことも知りました)

 

当時からラジオが好きだったから、過去のも含めていろんなラジオを聴きました。少クラも見るようになりました。そうしていくうちに神山くんや流星くんの印象も変わっていきました。でもやっぱり、しげおかさんがいちばんでした。あらしさんを応援していたから、すぐにがっつりにはならなかったけれど、7WESTちゃんかわいいなあ、7WESTちゃんすきだなぁって思うようになって、このまましげおかさんのファンになるのかなぁとも思うようになっていたとき、あの日を迎えました。わたしは、発表された内容が正直よくわからなかったです。1月4、5日に行われたあけおめコンのレポは一切見ませんでした。見れませんでした。

 

そして1月8日。少クラでNEXT STAGEが放送されました。もともと大好きな曲でしたが、曲名ですら酷なものに感じました。なにがNEXT STAGEだよって。でも、いざ見てみると「道なき道をゆくよ」のしげおかさんが9月から見てきたなかでいちばんすきでした。状況からして信じられないけど、このままわたしはしげおかさんのファンになるんだろうと思うほどでした。でも、それだけでは終わらなくて「この手で掴み」で抜かれた流星くんを見たとき、今までになかった感情を抱きました。感覚的には一目惚れみたいなもので、その次に「そう it's just the way」で抜かれた流星くんに一瞬で堕ちました。

 

流星くんに堕ちたとき、すきという気持ちはもちろんありました。でも、正直、なんで今なんだろうと思いました。今じゃなかったと思いました。流星くんに「堕ちた」ではなく「堕ちてしまった」とも思いました。そう思ってしまったことがイヤでした。流星くんは何もわるくないのに。その上わたしは何もできませんでした。流星くんに堕ちてしまったものの、これから自分が何をどうすればいいのかわかりませんでした。このままもっと流星くんをすきになっていいのかな、と思ってしまった自分がいました。

 

2014年2月5日、『なにわ侍 ハローTOKYO!!』の初日。7人でデビューすることが発表されました。舞台が幕間になるまえの19時ちょうど、メディア各社が一斉解禁しました。帰宅途中の電車のなかで泣いたことを今もはっきりと覚えています。わたしはうれしかったです。

 

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あれから3年が経とうとしている2016年12月24、25日。ジャニーズWESTが初のドーム公演を行いました。ずっと夢みていたドームでのコンサートが、デビューから2年8ヶ月後に現実となりました。24日の最初の挨拶で「僕たちの夢へようこそ!」と言ってくれたはまだくん。ほんとうに夢だったね、でも、すっごく現実だったね。メンステの白い幕が降りて、ええじゃないかのポーズを構えて登場した7人の姿は、この先ずっと忘れないよ。

 

コンサート序盤に流れはじめたVTR。ハルカスの屋上でええじゃないかを歌う姿と、巻き戻されていく時計の針。もしかしたら、と思ったら、そのもしかしたらで、ジュニア時代の映像が流れはじめて、VTRが終わるとB.A.D.がメンステで『アメフリ→レインボウ』を歌いはじめました。泣きました。そのあと、はまだくんがB.A.D.をバックに『STAY GOLD』をメンステ→センステへと移動して歌いました。もっと泣きました。何の涙かわからなかったけれど。

 

そして。生で見るのは初めましての7WESTちゃん。ずっと会ってみたかった7WESTちゃん。やっと会うことができました。アリーナ席だったからわたしが初めて見た7WESTちゃんは、バクステにいる4人の後ろ姿だったけれど、写真で見たことのあるオレンジの衣装を身に纏って。溢れる涙でぼやける視界をどうにか拭って、4人をただただ見つめていました。最後、神山くんがよくやっていた大砲を撃つのを4人がセンステでとってもいい表情をして撃っていた姿にほんとうに胸がいっぱいでした。

 

『Dial up』が終わって深呼吸しようと思った途端にはじまった『NEXT STAGE』。一度でいいから会いたいと願っていたけれど、もうこの曲には会えないと思っていたから、膝から崩れおちて声を出して泣いてしまいました。流星くんに堕ちてから、生で初めて見るNEXT STAGE。でもきっとこの曲を歌って踊る姿を見られるのはこのドーム公演が最後なんだろうなぁと思って、何とか立ち上がって流星くんだけを見つめていました。

奇跡なんかいらない この手で掴みとるだけさ

24日、このフレーズでカメラに抜かれていたのは流星くんだったね。3年前のいろんな出来事が一気に蘇りました。あのときの感情も、ぜんぶ。45000人ものファンで埋め尽くされた京セラドームでそう歌う7人が強かったし、これこそがNEXT STAGEで、やっぱりこれがきっと最後なのだろうと思いました。「Everyday, Everynight, そう」で抜かれたのも流星くんでした。「it's just the way」では引きの画になったけれど、流星くん(とこたじゅんだったかな?)も映っていました。ここだね、って。過去の自分といっしょに観ているような気がしました。初めましてと、ありがとうと、バイバイとを自分のなかで伝えました。

 

わたしは、自分の過去が好きではないこともあって、だれかの過去を進んで知ろうとしません。知ったとしても当時に戻ってその姿を自分の目で見られるわけではないから、それなら今を存分に応援したい・愛を送りたいと思っています。だから流星くんのことも、ずっとそのときの"今"をわたしなりに全力で応援してきました。でも、ずーっとこころの奥で引っかかっていた、流星くんに堕ちたあの日から7人でデビュー発表までの約1ヶ月の気持ち。あんな風に思ってしまったことが、ほんとうに申し訳なくて。流星くんをすきにならなければよかったと思ったことはあの日から一度もないけれど、ずっとごめんねって思っていました。

 

わたしが流星くんやジャニーズWESTを通じて仲良くなった方は、ジュニア時代からファンの方が多くて、わたしももっと早くにと思うこともありました。でも早くから応援した分苦しい思いや悲しい別れも経験されていて、1月1日の発表はわたしなんかよりもずっともっと苦しくてしんどくて。だからそんな風に思っちゃいけないと思ったし、前半で書いたようにあれだけ何度も関西にハマるきっかけはあったのに結局2013年9月だったし、直前までしげおかさんのファンになるんだろうって思っていたから、きっとこれが運命だったんだって思っています。そして24日にジュニア時代メドレーを見たわたしは、なんだかすべてが消化された気がしました。何かがストンと胸におちて、前に進めた気がしました。

 

25日2部の最後の挨拶で流星くんが泣きました。わたしは生で見ていないけれど。ずっと演技以外のお仕事で泣いたことがなかった流星くんが泣く日が来たら、できることならその場にいっしょにいたいと思っていました。それは叶わなかったし、流星くんの涙に込められた想いは流星くんにしかわからないけれど、流星くんが初めて見せる涙の理由が"今がしあわせ"だったことは、ほんとうにしあわせです。

 

でも、「こんな機会二度とないので言いますけど、」と話しはじめた最後の挨拶の言葉を見て、いちばんに前を向いてデビューを諦めなかった流星くんも、デビュー以降もずっとずっとあの一件から戦っていたんだと思いました。そうしたら、尚更あのとき「なんで今なんだろう」なんて思ってしまった自分がイヤになりました。なにもできなかった自分がイヤになりました。でもね、そのあと流星くん「僕の人生、ハッピーですよ!」と笑顔で言ったらしいんです。とってもすっきりした表情で。その場にいたわけではないのに、それを聞いたときすべてを許してもらえた気がしました。ものすごく勝手に都合よく受け取っていることはわかっているけれど、それでも流星くんに「もういいよ」と言ってもらえた気がしました。こころの奥のほうでずっと絡まったままだった糸が、すべて解けて無くなったようで。今はもう、ふっかふかのベッドにダイブして、とってもあたたかくて心地のよいしあわせな毛布に包まれているような感覚です。

 

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もし、あのまま4人でデビューしていたらどうなっていたんだろうね。ふと、こう思ってしまうことが過去に何度かあったけれど、今のように流星くんを応援している未来は想像できませんでした。諦めかけても、最後までデビューを諦めず、7人でデビューしてくれてありがとう。ほんとうにありがとう。

 

流星くん、あの日からずっとつないでくれてありがとう。もっと、もっと、すきにさせてくれてありがとう。わたしのこころはあの日から流星くんに掴まれたままです

 

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ジャニーズWESTの初のドーム公演は、今まででいちばん楽しくて泣いてしあわせでほんっとうに最高!!!!!!!のコンサートでした。この先ずっと、毎年12月24日になると、わたしは2016年12月24日のことを思い出すのだと思います。とっても素敵な時間を、空間を、やさしさを、愛をありがとう。ほんとうにありがとう。

 

いつまでも、ありがとう。